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少年のまま

スー先生は大人なリリーを知らないんだなあ。何だか不思議な気持ちです。先生の中ではリリーは永遠にきれいな少女のままなんだ。ジェームズも永遠に少年のままなんだ。傲慢でいじめっこな子どものまま。人の親になって成長したジェームズやリリーと会うことがあったら、スー先生の呪縛も少しは楽になってたかもしれないのに。
ハリーもそうです。なんで先生は子どものままの彼らとしか関われないのかなあ。大人になったハリーを先生がもっと見ていてくれたらよかったのに。
ポッター家の面倒を見なくてはならない先生も萌えるけど、先生と対等になる彼らも見たかったよー。

先生にも少年のままの部分がありますよね。先生が閉心術で頑丈に閉じ込めている小さなセブルス少年をそっとなでてあげたいです。ルー先生なでてあげて!でもルー先生はリリーにヤキモチやいてばっかりでそんなところには気が回らなそう…(うう…)

寒いよう

すごく寒いですね。スー先生は大丈夫かなぁ。
私の携帯は白×緑×銀のスリザリンカラーなのですが、パネルが一部金属でできているので冬の朝なんかはすごく冷たくなります。先生みたいだあ!ぶわっ。先生はどんな携帯を使うだろうなあ。黒かな。双子あたりにヘンな音楽を着メロにされてしまって解除できない先生とかかわいいですね!携帯の操作が苦手なスー先生。
知り合いをアドレス帳に登録するのもひと苦労…
ルー「なにこの『おおかみ』って!せめて名前で登録してよ〜!」
↑濁音とか長音とか入力できないから苦渋の策なんです…

リリー

先生の人生はほんとにリリーしかいなかったのかな。
スー先生は彼女のほかには考えられないほど愛してて、冷たく当たられても死んでしまってもそれは変わらない。一体どこがそんなによかったのかな…と思わないこともないですが(すみません)先生が愛した人ならば、そして先生を幸せにできるのが彼女しかいないというならば認めるほかはありません。
異性としての愛ではなく刷り込みのような盲目な愛だった気がします。シリウスがジェームズを愛したのと同じ。そういう意味ではシリウスと似てるのかもしれませんね。

でも、シリウスもそうだけど、先生の時が過去のまま止まったままなのはやだ。誰か、誰でもいい、リリー亡きあとも先生によい影響を与えるような人がいてくれなきゃやだ。結局二次創作に救いを求めてしまいます。
ルースネ的にはルー先生がいいなぁ。最後までルー先生はスー先生のことを理解できないままでしたが、重要なのはスー先生がルー先生をどう思ってたかです。デスイーターから命を助けたり(失敗しちゃったけど)殺人鬼ブラックと仲間だったと思って頭に血がのぼったり(そうじゃないと思ってたからこそあんなに失望+激怒したのだと思います)ほんとに多少でも、リリー以外の人間に心を開いていたのかもしれないと考えると、救われます。

仕事もそうです。ホグワーツという学校のなかで生徒相手に教鞭をとることで、苦しみ以外の何かを感じとってくれていたらいいのに。あんなに一生懸命教えていた先生、やっぱり魔法薬学教授という職業に満足していてほしい。
「これもそう悪くはない」と思えるような一瞬がぜひ先生にはあってほしいです。

ということでこれからもリリー以外のスー先生を考えていきたいと思います。(強引)

かわいいなぁ

私は怒ってる先生が一番萌えます〜
感情表現がストレートな先生は本当にかわいらしいと思うのです。
先生を怒らせたい。うんざりさせたい。頭なでなでしたい。そして嫌がられたい。バカモノ!とか罵られたい。
怒りを我慢しなくていいんだよ〜っと言ってあげたいです。

気がかり

私が気がかりなのは、スネイプ先生が嘘と秘密にまみれた生活の中で、少しでも幸せでいられるときがあったのかどうかということです。
常に心を閉ざして、嘘の発言、人を欺く行動を繰り返して、先生は少しでも生きる喜びを感じることができたの。
先生の原動力はリリーへの愛ですが、それを抜きにしても愛せる存在というのを見つけることができたの。
もしかしたらハリーがその対象であったかもしれません。あるいはダンブルドアだったかも。ルーピンだったかも。ダンブルドアに畏敬の念と小さい子供のような愛情を抱いていたかも。ハリーに憎しみに勝る庇護欲を抱いていたかも。ルーピンに辛くあたることで感情を発散して、甘えていたかも。
二次創作はそういう願望から生まれるものです。

でも最期の「僕を見て」という言葉が胸に刺さってしょうがないのです。先生はリリーの瞳に見つめられて「まだ足りない」という苦い気持ちで逝ってしまったのではないかと気がかりです。
憂いの篩によって真実が明らかにされて勇敢な人だったと評価されても、それは先生が死んでしまってからなのです。
結局は報われないまま最期のそのときを迎えた先生がかわいそうでなりません。
容赦ない「死」が襲うハリポタの世界でこれ以上を望むのはぜいたくかもしれません。
でも生きているスネイプ先生の色々なシーンを思い返すとき、そこにスネイプ先生の幸せがあったのか、気になって仕方ないのです。

先生は幸せであってほしい。「こんな人生だが、まあ悪くはなかった」と思えるような、そんな生涯であってほしいと切に願っています。

梅雨のスー先生

じめ〜じめ〜
陰湿でじめじめしたスー先生。いかにも梅雨が似合いそうです。

でも先生が実際に梅雨の日本に来たら耐えられない気がします…

若いセブルスさんと大人なスー先生

1
在りし日の親世代。
スネイプさんが現在より3割増くらいトゲトゲしています。

2
先生になったスネイプさん。
昔にくらべれば周りとの協調もとれるようになり、だいぶ大人しくなりました。
それを知っている同級生ルー先生もえ。
校長先生も知ってるんだろうなあ。えへへ。

コウモリ

最近スー先生繋がりでコウモリへの愛が高まる一方です。
母コウモリは洞窟からぶら下がったまま出産して子育てをするというのを知って驚きました。
生まれた子供は胸にしがみつかせて生活するようです。
もちろん、飛ぶときも胸にしがみつかせたまま。
ということはこういうことか!
コウモリ
ドラコを胸にしがみつかせて、暗い夜空をどこまでもどこまでも飛んでいく先生。
先生帰ってきて!

スーツ

人からスーツの本を借りました。
さまざまなスーツの数々によだれがとまりませんでした(きたない)

スーツ
ということでサイドベンツ(背中のすそが両脇で別れている)萌え。
サイドベンツは日本では剣吊りというそうですね。かっこいいな!
杖と剣とを両腰に吊るしたスー先生はかっこいいと思います!
でも5巻を読んだらハリーがベルトのひもに杖を突っ込んでいて、
魔法族的にはそうなんだ…とがっくりしました。うう私の淡い夢が…

スーツ
フロックコートも着てもらいたいです。
長いジャケット翻しながらかっこよく闘ってほしいです!(夢)
杖を振るときは手袋を外していただきたい。
スー先生はフォーマルでクラシカルなものが似合います(サイドベンツも似合うけど)。それか白衣みたいな職業制服か。
あっ、あと、軍服も!

スーツに対する夢はつきません。

郵便局員さんの制服は民営化に伴いサイドベンツではなくなってしまいました。なんだあの紺のポロシャツはー!

5巻読み返し中2

第2章の『騎士団メンバー勢揃い』の扉絵ですが、これもしかして、
いちばん手前の冴えない人がルー先生なんでしょうか。

トンクスが当たり前のように「私の親はマグルだけど」と言っていたのにびっくりしました。こんなふうに公言できるというのはすごいことです。学生時代はいろいろ言われたんだろうなあ。
混血のプリンス
トンクスと同じく混血であるスー先生は、まるで自分の身が酷い火傷でも負っているように感じたことがあったかなと思いました。
自分の体が中から腐っていくような恐怖と嫌悪で、周りの誰より自分が混血であることを気にして、自分の血と肉を憎んだりしたのかな。

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